「XXXX、そんなに素晴らしい事ですか?」という質問には答えられない

ブログで偉そうに書いてる事って、だいたい誰か既に言ってたり、本に書いてあったりする。
書く前にググったりしないんだろうか。リンク貼ってコメント添えりゃ出来上がりやん。


自分の体験を延々と話すのも分からない。
何がオモロイの?ロッキンジャパンとか見てオナってる高校生みたいなもんかねぇ。

アンパンって書いてるのに、アンがクソ不味い勘弁してよってならんのかねぇ。
http://anond.hatelabo.jp/20130223001612


XXXX、そんなに素晴らしい事ですか?

価値の分からない人にとっては、素晴らしいことではない。おわり。

価値をわかりたいということと、価値がないことを知りたいとでは、性質が違う。

価値というのは、大抵は特定条件を満たすことを要求されるので、その特定条件を満たさない状況下では価値がない。

お金に価値があるのは、多くの人がお金に価値があると信じているからです。

お金に価値がないとみんなが思えば、お金で物を買えることさえもないので、お金で何でも買えるからという回答は価値を示すものではないです。

ブログ界隈で長文を書く人が多いのは、SEO的に有利だから

SEO対策としての1記事あたりの文字数は?。 | @Drop

見出しをつけて短文を重ねて、全体としては長文というものを、そもそも長文と呼ぶべきものか?という疑問は残る。また、最近は、長文が読まれない傾向にあるとは思う。

しかし、本当に微妙なニュアンスまで伝えたいとなると、短文ではほぼ無理。ただ、長文で書いても多くの場合は、その微妙なニュアンスを読者は読み取れず、短文でも同じではないか?という錯覚を抱かせる傾向にはある。

短文でも同じでないか?と思う人は、そもそもネットで何かを読む必要さえない。

アンパンなのに、アンがくそ不味い?

実は、アンが美味しすぎても、アンパンとしては不味いんですね。

パンとアンの相性があってこそ、アンパンなんです。

そもそも150円程度のアンパンのアンなんて、アン単体でたべると、くそ不味い部類だと思うよ。京菓子のアンとかと普通は比べられない味。

150円とかつけたのは、変な屁理屈を言ってくる人がいると困るなとふと思ってしまったから。

だいたい、そういう感じで、文章はシンプルでなくなって、長文化する傾向もあろうかと思う。

文章を読みたいだけで、書き手に関心がないのでは?

・自分自身の体験を書く意味が分からない
・どこかの本と書いてあることと同じ
・何が面白いの?
・Googleで検索してリンク貼ってコメント添えれば、よいのでは?(Naverまとめ?)

この手の人は、大抵、自分以外の人に関心がなく、文章を読みたいだけでその書き手には関心がない為、その書き手の情報が邪魔に感じる傾向にあるかと思う。

たまに書き手に関心がある場合でも、その書き手が多数の内の一人でなくて、ノーベル賞を取っているとかそういう特別な人の場合がほとんどだと思う。でも、それは、書き手に関心があるのでなくて、自分自身の関心という延長上の関心だと思われる。

ブログは、記事の内容に読者がつくのか?、それとも書き手につくのか?

まあ、その両方のケースがあると思う。


おまけ

最後まで読んでもらえるような文章を書くための心構え

一方で「店長のブログはどんな長文でも全部、気づいたら読んでいる、すごいスキルとスピリット」
http://anond.hatelabo.jp/20130223131209

店長のブログはたぶんあのブログだとおもうけど、嫌いではないが、(私にとって)苦痛を感じる長文記事もある。これって、読みやすいとかいう以前に、話題に関心があるとか、書き手に関心があるとかがないと、どんなに読みやすい長文でも、苦痛を感じるものだと思う。

読ませる文章と、読みやすい文章もまた違うこともある

理系の学生も、長文より簡潔な短文のほうが良いのに決まっているという勘違いをしている場合ある

理系学生のよくある勘違い

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