「子供を守って死ねるか?」なんて考える必要はない

というより、恐らく自分だったら、怯んでしまって子供を犠牲にしてしまい、
後で「自分が犠牲になっておけば・・・」と一生悔やむ、というパターンじゃないか、と思う。
子持ちの増田諸氏にお伺いしたいのだが、ああいう局面で、
「子供のために自分の身を呈する」勇気がある親って、どれだけいるのだろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20130214190359

起こってもいないことを、あれこれ想像して悩んでも意味はないし、どちらかというと無駄。

また日ごろ、立派なことをいって、親なら当然だとか言っている人ほど、現実問題そういう行動ができないことが多いことも統計上?わかっている。

そんなの当たり前じゃないのに、当たり前だと言い切れる人は、実際にはその覚悟の大きさを知らないからとかそういう要素もあろうと思う。

たとえば、川や海で子供が溺れてる時に、助けに行かずに周りの助けを期待する親だっているのは事実だし、実際、全然関係ない赤の他人が死んで、子供も助からず、親が取り乱しているなんて事故だって普通にあるわけですから。

ここで、親なら当然だと主張する人たちは、頭だけで考えがちなので、子供が溺れていれば、親は泳げなくても飛び込んで助けにいくとか言い出す感じなんですよ。こんな人たちのいうことを真に受けて、真剣に悩む必要なんてないんです。

勇気があるかどうか?と後悔するかどうかは同じではない

自らを犠牲にして、子供を救おうとして、子供を救えず、親だけが九死に一生を得た時に、やれるだけのことはやったと満足できる親なんているとは私は思えない。子供が死んだことで、やはり自責の念をもって後悔する場合は多いと思う。

これが理解できる人は、頭では出来ないと思っていても、いざとなれば無意識に何かする可能性は高いと思う。

勇気がなくても、子供を救う方法もあるはず

勇気をもって行動できるかどうかよりも、救急対応の知識を得たり、練習?したりするほうが、子供の為にもなる気がする。

勇気ある行動という美談に仕立て上げられるものも、多くはとっさの無意識の行動だったりする

と思うよ。

父親のほうがどちらかというと、勇気がない部類だと思う。母親のほうが、何かあった時でも子供を守って死んでるケースの方が確か多かったはず。

身を呈することだけが親の役目ではない

子供が大きくなるまでに、大きな事故とか事件に巻き込まれない人のほうが多いわけですから・・・。

親なら、子供の勉強を見てあげることぐらい当然とかいうのと、身を呈して子供を守れるのは当然というのは、そんなに変わらないわけですよ。

で実際、子供の勉強を見てあげれない親なんていっぱいいるわけですが、親失格にはならないわけです。

親としての自信がない

多くの人はそうだと思います。ただ、積み重ねた日々が親として自信のようなものになるだけかと思います。


子供を作った時点で多くの親は自分の人生は諦める

こんなのも嘘です。頭で考えすぎなのと、周りの人たちのいうことを真に受けすぎ。

ギャルママは、ギャルスタイル?も捨てないし、子供も大事にしてますよ。

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