馬鹿は何をしても、馬鹿だということを忘れている

今までの携帯で全く、あるいは極一部しか出来なかったことが、スマホによって中途半端に出来るようになったこと、それに中毒性があることが全ての原因だ。
携帯、スマホも含む、は思考のツールとしては最悪の部類に入ることを再認識して、出来るだけ触れない時間作るべきだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20121118042052

安易に検索をし続けるとバカになるか?

馬鹿は、手間暇かけて考えることが嫌いだから、バカなんです。安易に検索することで馬鹿になるわけではありません。

どちらかというと、検索して調べるだけ、自分で解決を試みるだけ、勘違いでも馬鹿度はマシな部類です。もっとひどいのは、人に丸投げして、代わりに検索してもらう、代わりに答えてもらうという行為です。

しかし、本当に聡明な人は専門家に丸投げしますが、そういうことはこの論調では考慮されないことがほとんどです。あくまで自分で考えるのが大事という論調です。

本を読まないとバカになる

・新聞を読まないとバカになる
・本を読まないとバカになる
・漫画を読むとバカになる
・TVを見るとバカになる
・ゲームをするとバカになる

楽にできて楽しいものは、たいてい馬鹿になるという批判に使われがちです。
でも新聞をよんでも、本を読んでも、バカな人たちはたくさんいます。

書き言葉と話し言葉とは不一致

文章を書くというのは、書き言葉で書くということで、話し言葉と不一致です。多くの人は、話し言葉で思考しますが、文章に書くときに書き言葉に変換しているのです。

でも、書き言葉に変換するのが面倒だということで、話し言葉で書くと、文章としてはおかしくなります。

そういう点をついて、推敲が大事だとかそういう風なことを言い出すのですが、それは思考でなくて、最後の仕上げにしかすぎません。誤字脱字があろうと、それは思考とか知能とかと関係ありません。

教養があることと、聡明な思考ができることはある程度の因果関係がありますが、しかし、誤字脱字を批判する人たちは、あまり聡明ではありません。単に、人を馬鹿にしたいだけのことが多いのです。


Twitterやスマホは思考ツールとしても使える

細かい、短いアウトプットをすることにより、思考が整理されて、より深く考えるということが可能です。まあ、紙に箇条書きにして考えるのと似たようなものでしょう。

しかし、箇条書きの1つずつをとりだして、使えないとか言い出すのは違うでしょう。
また思考の途中経過をアウトプットするという概念も大事です。完成してからしかアウトプットしないというのは、効率的ではありません。

まあ、思考ツールとして使えますが、多くの人はコミュニケーションとして使用してるので、批判は見当違いという感じはします。

馬鹿は、何をしても馬鹿だから気にすることはない

聡明な人は、何をしても聡明なんです。携帯やスマホを思考ツールに使おうと、Twitterをやろうと聡明なんです。検索でサクサク検索して、借り物の知識を得たとしても聡明なんです。

世の中の多く人は凡人ですから

だから、簡単にアウトプットができるようになると、凡人の比率が増えて、目立ちやすくなるわけです。
それで、馬鹿が多くいるように錯覚するだけで、もともと馬鹿がたくさんいるわけです。

馬鹿といってるけど、本当はその人たちは馬鹿でなくて、馬鹿にしたい人たちが勝手にレッテル貼ってるだけです。

都合よく、自分の考えを正当化するために、馬鹿というレッテルをはって、賛同者を増やそうと思ってるわけです。

便利なものを使いこなせず、便利だからバカになるという論理で、それを使うのは控えるべきというのは、昔から時代についていけない人たちが主張してきたことです。

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