社会正義と「技術的正論」「法律的正論」との関係について

個人情報保護が正義なのか、それとも高木先生が正義なのか

1.パスモのシステムの不備に対する指摘は、高木先生が全面的に正しいと思う。

2.タイムズの件は「一連の個人情報があれば別の個人情報を抜ける」という議論の一例としてなら正しいが、同時に「実際にタイムズがパスモの履歴を抜くことはありえない」という回答自体は正論だ。で、ユーザがその想定の元に(たとえ個人情報を使うと履歴が参照できると知っていた場合でも)タイムズへIDを提供するということは、まぁ、ありうる。ここに商業的利益の追求等が絡むと、提供された個人情報を使って密かに「名寄せ」をする動機が生まれる、という議論は可能だけど、それは個人情報取り扱いポリシーとか法規制という観点からも議論できるわけで、純粋に技術論のみで論じれるものではない。

3.毎回思うのだが、高木先生の議論は「技術的正論」に基づいて、相手の無思慮・不正義をマウントポジションでボコるという形式を取るが、その行動が事実上「特定の政治的立場」へのコミットと同義であることにどの程度自覚的なのだろうか。技術が「使い方次第」で様々な社会的意味を持ちうるように、いくら技術的見地であることを強調しても、その議論から政治性を払拭することはできない。

http://anond.hatelabo.jp/20120228001241

1円でもネコババはネコババ

まあ、一言で言うと
1円でもネコババしたら横領だけど、
その事実で、
横領は横領なので許すべきではありません
と論理展開する感じかな

社会正義と「技術的正論」「法律的正論」との関係について

以前からネットで見かけるが、何らかの正論をもって感覚的には変なことをごり押しするような論理展開が多数存在することである。感覚的に変だというものを言語化できる人たちは、反論できるわけですが、実際はそんなに簡単に言語化できるものでない場合も多いわけです。

リテラシーという言葉が流行したときもありましたが、それも感覚的に変だという感覚(ようは直感)が大事だという話で、直感を磨くためにある程度の知識と素養はつけましょうと。

リテラシーがあっても、おかしいと気づくが、それを論理的に説明が可能でない人もいます。知識が不足してるからという場合もありますが、それとは別に、倫理観とか他の分野の価値観が絡んでいるとかで説明しにくい場合もあります。

正論ならOKなら、正論をいうクレーマーはクレーマーでないわけです。でもクレーマーの対処で一番困るのは、正論を言う人です。


毎回思うのだが、

数年ぶりに読みましたが、昔よりもなんか加速してる感じが・・。
「毎回思うのだが・・・」は、多くの人?少なからずの人?がそう思ってると思いますよ。

科学的に正しい、統計的に正しい

これもどちらかというと、「科学的正論」「数学的正論」だと思われます。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。