ナショナリズムと個人主義について

北海度のキャラクター、長万部のまんべくんが戦争に関するコメントをして、運用会社が契約をとかれ、twitterアカウントは停止となったという。


なぜこういうことがおこるのだろう。日本に暮らす友人は、震災と原発事故をうけてなお、人々は社会的に沈黙をたもっている日本国民の有り様に違和感を感じると伝えてくれた。なぜ、日本の人々は喋らなくなったのだろう。私は、90年代から興った個人主義を軸にしてとらえることはどうだろうかと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20110817000355

まんべくん問題がmixiニュースなどでタイトルにあがってるのはみたことがあるのですが、内容をみてないのでほぼわからないです。ちょっと検索すると2ちゃんのまとめブログみたいなのがヒットして、そこをみるとそんなにすごい内容でもなさそうなんですが、「侵略戦争」という一言がある人たちにとっては許せない発言であって攻撃対象になったものだと思いました。

今回の問題は、個人主義よりナショナリズムの問題かなと思ったのですがよくよく考えてみると個人主義にも関係あるのかもしれません。

ナショナリズム的にこういう行動をとる人たちは、個人よりも国のほうが大事なんでしょうか?その辺がよくわかりませんが、そんな雰囲気がします。これって、個人主義と相反する考えなんじゃないかな?と思うわけです。

個人の集まりが国家であって、国家ありきではないわけです。私から見ると、集団の名誉のほうが個人の些細な権利よりも重要だというのと変わらな気がしてちょっと怖いです。

もちろん、まんべくんは私人でなくて公人なものですから、政治・宗教関係の話をするときは注意が必要なのは必要でしょうでしょうし、なるべく避けたほうが無難なのは確かでしょうね。

その日に来日した韓流スターを、その日に「今、大ブーム」と報道するのは正しいのか」とか、ナショナリズム的な人はちょっとやりすぎだと個人的には思うけど。

主義主張にはもちろん賛同できないけど、そのやり方にもどうも賛同しにくい。やり方ぐらいはもう少し妥当な方法を使ってほしいと思う。

今回のナショナリズム的な人は、チベット問題で浮上した「中華ナショナリズム」とかはどう考えてるのか興味があります。もしかしていろいろな考えの人がいるのかもしれないけど、中華ナショナリズムはおかしいけど、自分たちはまた違うとかなんでしょうか?

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。