コミュニケーション能力で一番有効なのが折衝能力だ

初めて増田を書いてみて色々と辟易しているんだが、それでもコミュ障を減らしたいので書く。
http://anond.hatelabo.jp/20110830141625

わがままな人間は普通はコミュニケーション能力があるとは思えないが、世の中ではそういう人のほうが自由に生きてるのは事実である。

それはなぜなのか?というと、コミュニケーションは周りとうまくやる能力よりも折衝能力のほうが重要だからです。自己のエゴと周りのエゴはぶつかる傾向にありますが、これを調整する能力が折衝能力というものです。

一方的に我慢させたり、一方的に我慢するようなものは結局は長続きしないわけです。周りと付き合うために我慢の連続では、周りと付き合う意味を見失いますしまた生きる喜びさえも見失ってしまいます。

コミュ障は別に悪いわけでもありません。多くの場合は周りに迷惑がかかりませんし、本人のみが苦しい立場にある場合が多いからです。根底に流れる心根がどういうものかは人ぞれぞれですが、人間としてはまともな心根を持ってると思います。

まともな心根を持っている人間は、コミュ障であっても長く生きていれば何とかなっていくものです。思春期の頃などは周りを気にする傾向にありますから、どうしてもそうなってしまうでしょう。それは多くの人が経験してきてるわけです。一見うまくやっている周りの人だって思春期の頃はそういうことで悩んだことがある人が大勢いるわけです。自意識過剰気味なのはその年頃では普通のことです。

嫌われたらどうしよう、キモイと言われたらどうしようとか。でもだんだん年を取るにしたがってそういう傾向は消えていく人が多いですし、また年を取るにつれて人間図太くなります。

コミュニケーションというのは折衝能力であるといいましたが、要はパワー合戦なんです。パワー合戦が苦手な人はどうしても不利になるのは仕方がないわけです。認識などでは決してありません。認識がわがままに生きてもいいじゃないかという開き直りなら、わがままというパワー合戦で勝てるようになっただけです。

その使い方によっては、そのパワー合戦で今まであなたが被っていたことが違う人が被るようになっただけなのかもしれれません。

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