理想と矛盾と現実の狭間

それは確かにそうなのでしょうし、そのためのアシストもあるのでしょうが、日本の、一億総中流幻想があった頃でさえ、実体験から言えばやっぱり貧乏人の子の多くは貧乏人になったのでした。それがどれだけ難しいことなのか「新住民」の人たちは分かっていないと思います。母親でさえ四大卒の家庭で育てられた人に、九九も満足に言えないような親に育てられることがどういうことなのか、わからないと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20110816220206

広い庭がほしくて600坪の土地(^^;、確かに豪邸です。
30坪の家なら、20軒もたてれます。

貧乏人の子が貧乏を抜け出せるのが容易なように
金持ちが転落するのが当たり前でないとだめなわけです。

しかし、金持ちはそんなことを認める社会を作ろうとは思わないでしょう。それが現実であり、理想をいくら掲げても矛盾しているのです。安全なところから発言して、理解したとしても限界があるわけです。もし、引用先の文章に違和感を感じる人がいるのなら、そういうところでしょう。

学力問題と貧困は関係あるのかもしれませんが、大学を出たとしても貧困層になっている人たちをみると、一部の人だけが大学に行っていたときは大学に価値があったのかもしれませんが、みんながいけるようになれば当然価値が下がるわけです。その状態においては、以前は意味があった大学というのが意味がなくなるわけです。

ここに、理想と矛盾と現実をみることができます。

「一億総中流幻想」というのは日本においては比較的うまくいった部類です。新自由主義政策を積極的に導入して以来、格差は広がりましたが、それでも比較的日本の人たちの生活レベルは高いわけです。中流が違和感があるのなら、貧困とは言い難い下流の人たちが大半をしめている社会といえば納得できるのでしょうか?

新自由主義では、政府などが経済になるべく介入しないことを理想としてますが、それはそのほうが金持ち連中に都合がよかっただけだからなのです。だから、多くの支持を得、また金持ち以外の馬鹿な連中が自分が金持ちになれるかもしれないという幻想のもとに支持したわけです。

事実はどうであれ、人は幻想であっても希望があれば生きていけるのかもしれません。その希望が絶望につながってるとしても。

しかし、リーマンショック以降はどうでしょうか。そして今の状況はどうでしょうか?政府が積極的に為替に介入してます。日本はあまりしてないのかもしれませんが、アメリカなんかはガンガンしてるでしょう。

ここにも、理想と矛盾と現実をみることができます

「フリーターだったり、肉体労働者だったり、18歳で子供を産む」に加えて、「ホワイトカラーだけど、デジタルドカタ」などのあらなな貧困層も増えてるとおもわれます。農家はもうからないと言いながら、年収換算で1000万ぐらいなところもごろごろいるわけです。

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